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【誤解を与えうるが事実だけを並べると】「日本でマグニチュード7の地震」「震源は東京都内」「東京都心では元旦サッカー継続」「都内の電車もとっくに復旧」「怪我人ゼロ」「死者ゼロ」→日本ヤバイ

Twitter / Asage (via himmelkei) Via (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^)

クイズ番組の参加者が「拷問者」になるという心理学的実験が、フランスのテレビで行われた。番組参加者たちは、男性が叫び出すまで電気ショックを与え、さらに死んだようにぐったりするまでくり返し電気ショックを与え続けた。

 このテレビ番組「死のゲーム(The Game of Death)」は、ごくふつうのクイズ番組と同じ体裁を整えている。歓声を上げる観客とグラマラスな有名女性司会者が、スタジオのきらびやかな照明の下に参加者を招待する。

 実はこの番組は、テレビが人びとをどれほど残虐にさせることができるかを調べる心理学の実験として行われたもの。クイズ挑戦者たちにはそのことが知らされず、実験の結果はナチス・ドイツの残虐さと思わず比較するようなものとなった。

 このドキュメンタリー番組を制作したクリストフ・ニック(Christophe Nick)氏は、番組司会者の加虐的な命令に「番組参加者の81%が従ったことに驚かされた」と述べた。番組は、17日に国営フランス2(France 2)チャンネルで放送される。

「(参加者は)命令に背く準備ができていなかった」とニック氏は解説する。「彼らはやりたくなかったし、権威者に止めるべきだと訴えようとした。けれどもそれができなかった」

■クイズ番組として募集

 ニック氏と心理学者らは、志願者80人を集め、新番組のパイロット版(試作版)への出演と説明。番組の内容は、相手「プレイヤー」に質問をぶつけ、相手が質問に正解できなかったときに最高460ボルトの電流を流して罰を与えるというものだった。

 実はこの相手方の男性は俳優で演技をしていたのだが、観客と参加者は知らされておらず、本物の電気ショックだと信じていた。参加者たちは気が進まない様子だったが、司会者の命令と、スタジオの観客の「処罰せよ!」の合唱に従った。相手方の男性が「放してくれ!」と叫び、また、死んだようにぐったりしても、参加者たちは電気ショックを加えるのを止めなかった。

 ニック氏によると、スタジオを立ち去ったのは80人のうち16人だけで、参加者の約80%は、最大460ボルトの電流で男性に電気ショックを与え続けたという。

■実験の意義は?

 番組後のインタビューで、ある参加者は、祖父母がナチスに迫害されたユダヤ人であるにもかかわらず、自分は番組で拷問行為を続けたと語った。ソフィー(Sophie)さんは、「少女のころからずっと、どうしてナチスはあんなことをしたんだろうと自問自答してきた。どうしてあんな命令に従えるのだろう?と。でもわたし自身がそんな命令に従っていた」と語った。

 また、別の参加者は「相手のことは心配だった」と述べた上で、「けれども同時に、番組を台無しにするのが怖かった」と語った。

 この実験は、米エール大(Yale University)で1960年代に行われた悪名高い実験をモデルに実施された。その実験では、従順な市民が虐殺に関与する過程の分析に、同様の手法が用いられている。

 この番組参加者の心理を操作するような参加者の取り扱いに対しては、懐疑的な意見も表明されている。集団虐殺や全体主義を研究する心理学者で歴史家のジャック・セメラン(Jacques Semelin)氏は、司会者の指示に従うことを義務づける契約書に参加者たちが署名させられていたことを指摘した。また、従順さだけでなく、観客やカメラなどさまざまな要素が影響していると述べた。

 一方、番組制作者のねらいは、テレビによる人心操作の威力を指摘することだったという。ニック氏は、「テレビが権力を乱用することを選んでしまったら、テレビは誰に対してもなんだってすることができる。絶対的に恐ろしい権力なんだ」と語った。

番組参加者、操作次第で「拷問者」に 仏で心理学の実験 写真2枚 国際ニュース : AFPBB News (via ajinotatakinamennna) Via (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^)

ロンドン市街のアップルストアのクオリティに驚愕。展示iPadの画面右下に「スタッフ呼び出し」のボタンがあり、クリックすると「現在、空いているスタッフ検索中」→「メリッサを呼び出し中」→「メリッサが今向かっています。」と表示され、スゲェ!と驚嘆したのだが20分待ってもメリッサ来ず。

太田英基 (HIDEKI OTA) (mohideki) on Twitter (via yasunao)

実はQTmovieだったとか

(via scsa)
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otsune tumblr まとめサイト 画像保管庫Q: 丸の内べるという幻想

bellmarunouchi:

わたくしはブログツールとして Tumblr を利用している。無料だし、シンプルだし、「年収低すぎ」や「加齢臭石鹸」の広告も入らないとこが気に入ってる。Tumblr はあるテーマに沿って情報を収集したり、あるテーマに沿った情報を発信したりするツールとして便利である。さらに、Tumblr には Twitter のような相互フォローという妙ちきりんな概念が存在していないのがスバラシイ。そして、何よりわたくしにとってありがたいのは、アクセス数やコメント欄みたいなのに一切煩わされることがない点である。

Via otsune tumblr まとめサイト 画像保管庫Q


seabream:

マイクロソフトの Metro UI は四角形を自分のモノにしている(owns)。RoundRect はアップル独占だ。Springboard ローンチャーから iPhone ハードウェアにいたるまで。ノキアの場合は MeeGo で Harmattan UI に参入したのは遅かったが、Squircle を使っているところがないのに気づき、とても上手に使っている。Palm は PalmOS の初期のころから WebOS まで円を使っており、HP もその伝統に注意深く従っている。(Palm も HP もロゴの文字を円に配していることに気づくひともいるかもしれない。)

とはいっても王者を真似ようとするものはどこにもいる。サムスンの Bada も四角形を使うかもしれないが、マイクロソフトのモンドリアン的傑作には及ばない。RIM も結構うまくRoundRect を使うかもしれないが、アップルほど徹底してはいない。唯一際立っているのが Android だろう。一貫した図形が見られないのだ。フラグメンテーション症候ということか?



bigfun:

Henri Matisse - Joie de vivre, 1905.

Huge Painting (I adore this)



nob:

- Help me!
- Wait 5 分, I’m doing gymnastics.


日本の報道を見ているとWikileaksを企業や官庁の内部告発者の延長線上にある情報源とみているようだ。
これは大きな間違いだ。Wikileaksは、明確な思想をもっている。それは、国家や政府を廃絶した方が人類が幸福になるというアナキズムだ。アナキズムは伝統的に日本では無政府主義と訳されるので、秩序を認めない破壊思想とみられがちだが、これは間違いだ。確かにアナキストは国家が制定した法令を認めない。しかし、アナキストの仲間内でのおきては順守する。
Wikileaksは独自のおきてによって結びついた、ヨーロッパの中堅国レベルのインテリジェンス能力をもった集団と筆者は見ている。

「【佐藤優の地球を斬る】WikiLeaksに漂うアナキズムの匂い」:イザ! (via shimamura-kun) Via (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^)

■受賞作の全文

 おとうさんがびょうきでなくなってから三年、ぼくは小学一年生になりました。

 おとうさんにほうこくがあります。きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのおべんとうばこをかりました。

 ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。

 ぼくのおべんとうばことはしがあたって、すてきなおとがきこえました。きのうのおべんとうは、とくべつでした。まだ十じだというのに、おべんとうのことばかりかんがえてしまいました。

 なぜきのうのおべんとうがとくべつかというと、それはおとうさんのおべんとうばこをはじめてつかったからです。おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。

 おとうさんのおしごとは、てんぷらやさんでした。おとうさんのあげたてんぷらはせかい一おいしかったです。ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらをたくさんあげてくれました。そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。あれからたくさんたべて空手もがんばっているのでいままでつかっていたおべんとうばこではたりなくなってきました。

 「大きいおべんとうにしてほしい」

 とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくからおとうさんがいつもしごとのときにもっていっていたおべんとうばこを出してきてくれました。

 「ちょっとゆうくんには、大きすぎるけどたべれるかな」

 といいました。でもぼくはおとうさんのおべんとうばこをつかわせてもらうことになったのです。

 そしてあさからまちにまったおべんとうのじかん。ぼくはぜんぶたべることができました。たべたらなんだかおとうさんみたいに、つよくてやさしい人になれたきがして、おとうさんにあいたくなりました。いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなおべんとうでした。

 もし、かみさまにおねがいができるなら、もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。

 おとうさんがいなくて、さみしいけれど、ぼくがかぞくの中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、おかあさんといもうとをまもっていきます。おとうさんのおべんとうばこでしっかりごはんをたべて、もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。

 おとうさん、おべんとうばこをかしてくれてありがとうございます。

asahi.com(朝日新聞社):お父さんのおべんとうばこ 心震える片山君の作文 - 教育 (via redzine) Via REFLECTNOTE

しかし、仏教と葬儀の関わりは意外に新しく、実際に深く浸透していったのは江戸時代からのこと。それまで庶民はそれぞれの民間信仰に基づいて死者を弔っていたそうなのだ。中島隆信による名著『お寺の経済学』(ちくま文庫)にはこんな指摘がある。

(前略)江戸時代は檀家制度が定着した時期である。キリシタン禁制と仏教勢力の弱体化という二面作戦を同時に実行するため、幕府は住民を檀家としてお寺に縛り付け、同時にお寺には檀家という安定した顧客を与えた。檀家であることはキリシタンでないことの証明になる一方、安定した顧客をもらったお寺は本来の布教活動への関心が薄れていった。

お寺は安定した収入を得るため、檀家に対して定期的なサ―ビス提供を行うようになる。これが葬儀や法事の大衆化のはじまりである。ところが、近年地域コミュニティ崩壊が進行し、こういった制度を維持することが難しくなってきた。また、檀家制度にあぐらをかいて傲慢な態度でお布施を要求する僧侶が、仏教と檀家の間に距離を作ってしまうという現象も。

池田チエ「となりのお坊さん」 - ビジスタニュース (via otsune) Via otsune tumblr まとめサイト 画像保管庫Q
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